お盆なんかに久しぶりに地元へ帰省すると、知人から
「ウチの息子は職を転々としていて何を考えてるのかわからないんだけど、どう思う?」
とか
「せっかく実家があるんだから わざわざ外へ出なくていいのにねえ」
とか聞くことがあって、いちおう「そうですねえ」とは答えるものの、それは果たしてそうなのだろうか? と首をかしげてしまうこともある。
世の中に正解はあるのか?
僕がそう思うのは、自分自身が社会人になって上京してよかったと思っていることもあるのだけど、そうでなくても実家から出られなくて いま辛い思いをしている人も見てきているからだ。
だからと言ってじゃあ実家に残ることが不正解と言いたいわけではなくて、ここで言いたいのは結果は誰にも予想できない。だから周りの人が本人の人生を決めることはできないという話だ。
親がどうこう言おうが偉い人が何を言おうが自分がどう思おうが、実際に起こる結果とはまったく関係がない。
結局のところ世の中には正解がなくて、それよりもなによりも自分がどうしたいか、どうありたいかということだけじゃないかと思う。
悩みが解決しない理由
だいたいいつまで経っても解決しない悩みの多くは、これは正しいことをしているか、間違ったことをしていないかと考えるところから来る。
だけど本当の正解なんてどこにもないから 一生解決しなくてモヤモヤしてしまう。
だから正解探しはしなくていい。
実際のところ生きていくうえでやるべきことというのはほとんどないし、逆にやってはいけないことだってほとんどない。
そんなわけだから唯一確実にある自分の「やってみたい」という欲求をやってみて、すごろくゲームのように少しずつ進んでいく、それしか言えることはないのだ。
もちろん結果的にそれが間違っていることだってあるし、フタをあけてみれば周りの言うことが正解だったということだってもちろんある。
「周りの言うことを聞いていれば失敗しなかった」なんてことも往々にして起きてくるわけだけど、じゃあそれは最初に未来がわかっていればよかったけれど、それがわからないから対処のしようはなかった。
自分のやりたいことをやったという全力を尽くしたのだから後悔する必要もないし、誰のせいにする必要もないのだ。
不確実な運より確実な経験
そして確実に言えるのはやってみることで経験が残る。
その経験は生涯ずっと使える。
何もしないままでいようが自分のやりたいことをやろうが 運任せにルーレットを回すことはどうせ同じで、正解に当たる確率は変わらない。
だから経験の増える自分のやりたいことをやっておいたほうがまだマシなんじゃないかという考え方もあるということだ。
だから周りにいろいろ言われて自分はどうしたらいいのかわからないとか、失敗するのがこわくて前に進めないと悩んでいるとしたら、答えは周りの発言や環境よりも、意外と手元の自分の心の中で見つかるものだと思う。
自己責任でやりたいことをやればいい。だいたい失敗するけどそうしたら次を考えればいい。そうしているうちに長い人生の中でたまに運良く光が指してくることもあって、どうせそんなもんなんだから軽い気持ちでコマを前に進めてみたら楽しいんじゃないかと思う。