子供の頃、人はいつか死ぬというのが怖かった。
夜、隣で一緒に寝ていた母親に、
「死にたくない」
「死んだらどうなるのか?」
と涙を流しながら訴えていた。
母親はそんな自分を見て どうしてそんなに笑っていられるんだろうと、不思議でしかたなかった記憶が鮮明に焼きついている。
しかし中学を卒業した頃にふとそれを思い出して、
「そういえば、あのときより死ぬ恐怖は薄れてるなー」
ということに気づいた。
きっと科学的に考えて、死というものがあることを受け入れてきたからなのではないかと思った。
小さい頃はオバケが怖いみたいに、きっと大人になるにつれてそういった恐怖は薄れていくんだろう。そんなことをなんとなく考えていた。
それから社会人になってまたそれを考えるときがやってきた。
一人暮らしになって ふと寝る前に昔の記憶をたどっていたとき、死への恐怖について自問自答してみた。
すると、なんとまったく恐怖を感じなくなってしまっていた。むしろ死ぬときはサクッと早めに安らかに息を引き取っていけば幸せなのかもしれない、と死の段取りまで考えるくらいに、死にたくないということに関する執着心は跡形もなくかき消えていたのだ。
今 振り返ってみれば、その頃は仕事が忙しすぎて、大人になるってこういうことなのかもなーといろいろ諦めていた頃だったし、友達もだんだん元気がなくなって大人っぽくちゃんとしていくし、そろそろ将来をちゃんと考えないといけないのかもなーってなってた頃で、この全速力のマラソンがいつまで続くのかとうんざりしているときだったから、死んだらそれまでだなーくらいのテンションだったように思う。
死ぬ恐怖というのは、今 元気に暮らせているかどうかのバロメーターだと思う。
実際、世間でいきいきと活躍している人ほど、不老不死とかDNAを冷凍保存する技術とかに興味を持っているような気がする。
だから、「あれ、最近 死ぬのが怖くないなー」と思ったら、もしかしたら体のどこかで我慢があったり、無理して暮らしている部分があるのかもしれなくて、そんなときは生活を見直してみるのもありなんじゃないかと思うようになった。
僕が会社から独立してひとりで働くようになってからは、風邪をひかなくなったし、ご飯が美味しくなったし、よく眠れるようになったし、散髪しているときの美容師との会話が楽しいし、ラーメン屋の行列にイライラせずに並べるようになったし、友人の活躍を素直にいいねーって応援できるようになった。
ただひとつ、今はいつか死ぬのが怖い。